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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)477号 決定

本籍

宮崎県北諸県郡高城町大字桜木一六五二番地ロ

住居

北九州市小倉北区板櫃町一〇番二-七〇四号

会社役員

久保田哲夫

昭和一三年一二月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六一年三月二〇日福岡高等裁判所が言い渡した裁判に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中山茂宣の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)

昭和六一年(あ)第四七七号

○ 上告趣意書

被告人 久保田哲夫

右の者に対する上告趣意は次のとおりである。

昭和六一年五月三〇日

右弁護人 中山茂宣

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決は刑の量定が甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 被告人の本件事犯は、ほ脱税額が多額で、ほ脱率も高率であり、犯行態様も芳しいものではないことは一審、原審判決指摘のとおりであるが、以下に述べるような諸事情を考え合せれば一、二審の判決は、併科刑たる罰金刑額はともかくとして懲役刑の実刑判決は甚しく不当である。

二 被告人は本件が発覚し新聞、テレビ等に報道されることにより社会的な信用を失ない、また経済的にもほ脱税額のうち、原審判決までに一億六〇〇〇万円余の本税等を支払い、自己所有の不勤産を担保に本税残額及び重加算税等を完納する旨誓約しているなど、すでに経済的社会的な面では多大な制裁を受けているのである。

三 租税ほ脱犯の量刑は、昭和五四年度まではそのすべてが懲役刑につき執行猶予付きであり、東京地裁昭和五五年三月一〇日判決(判例時報九六九号一四頁)が初めての実刑判決であって、その後昭和五六年に法改正されたこともあって従来より量刑上厳しくなっていることについては、弁護人も承知しているのである。

租税ほ脱犯は、伝播性の強い犯罪であり、かかる経済的利欲犯に対する刑罰は、脱税者の発生を防止するに効果的な刑罰でなければならず「正直に納税した者が馬鹿をみる」というようなことがないために一般予防の面として刑事制裁を科するという特質があることは否定しえない。

このことは、裏を返せば被告人の責任に相応し、脱税者の発生を防止するのに十分に効果的な刑罰であればよく、それを超える苛酷な刑罰を科する必要はないことを意味するのである。

本件において被告人に対し実刑が科されるとすれば、被告人の会社は倒産し、被告人が本件について納税のためになした多大な借財は返済不能となり、多くの方々に迷惑をかけ社会的信用を全く失い、再起が不能となり、被告人は二度と社会的に立ち直り得ないことは容易に想像されるのであって、実刑判決は被告人の責任に相応しない苛酷な判決であるといっても言いすぎではない。

また被告人は、前述のごとく本税等一億六〇〇〇万円余をすでに納付しているが、その本税残額及び重加算税のほか罰金五〇〇〇万円が併科されるのであり、この経済的な面の制裁は、経済的利欲犯たる脱税者の発生を防止するに十分な効果があったといえるのである。さらに、被告人が実刑ということになれば、残余の本税等の支払いはほとんど困難となり、その上、本件のごとく被告人が多観の税金等を納付したのにも拘らず、実刑が科きれるとしたら今後発生する他の租税ほ脱事件において被告人の納税意識を鈍らすことにもなりかねず、そうなれば刑罰の制裁をもって納税を促し、国家の財政を確保しようとする所得税法のもう一つの立法目的にも反しかねないともいえるのである。

四 刑の量定に当っては、事案ごとの特殊性を当然考慮するとしても、他の同種事犯の量刑との間に極端な均衡を失することは妥当ではなくその意味で犯罪者といえども法の下の平等を保障した憲法第一四条の保護下にあるのである。

本件とは比較にならない程社会的に注目され、多大な影響を与えた大型脱税事件の量刑は次のとおりである。

(一) 草月流家元事件(昭和五一年一二月一五日東京高裁判決・判例タイムズ三四九号二六三頁)

1 ほ脱税額 合計三億四〇〇〇万円

2 量刑 罰金一億円

(二) ネズミ講事件(昭和五三年一一月八日熊本地裁判決・判例時報九一四号二三頁)

1 ほ脱税額 約二〇億円

2 量刑 懲役三年、執行猶予三年

罰金 七億円

(三) 殖産住宅事件(昭和五五年七月四日東京高裁判決)

1 ほ脱税額 約二九億円

2 量刑 懲役二年六月、執行猶予三年

罰金 四億円

右各事件は、いずれも五年以前のものではあるが、そのほ脱税額の多さ、社会的影響力の大きさは、本件とは比較にならないほどの大事件であるにも拘らす、いずれも罰金刑のみかあるいは執行猶予付の判決である。これらの判決と比較すれば、被告人に対する実刑判決は極めて重く、刑の均衡を失するものである。

五 右のような諸事情のほか、被告人は脱税の事実を卒直に認めて事案解明に協力し、本件摘発後犯行を十分に反省し、入試指導、裏口入学斡旋等をするのをやめ、また被告人の妻は病状にふしており、仮りに被告人に実刑が科されるとすれば妻の治療等が困難になり、さらに被告人の会社が倒産し従業員も収入の道を失うなどの事情をも考え合せると、原判決の実刑判決は刑の量定が甚しく不当であり、是非とも原判決の破棄を切望する次第である。

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